検索したいキーワードを入力してください。
キーワードが複数ある場合は、
半角スペースで区切って入力してください。
例) 多治見 まち イベント

もの 場所  2022.08.09

【連載】あの店のあの器 -す奈は-

あっつう度

名店にはその店を象徴する人気メニューがあり、人気メニューにはその魅力を引き立てる器がある。その器は「多治見市民=やきもの市民」の店主の想い、陶磁器産地たる誇りの表れである。

 

連載「あの店のあの器」

このコラムは美濃焼の街・多治見市ならではの、お店と料理と器のストーリーを紹介します。

 

前回は、だいぶ手前味噌なお話でしたが……実は連載開始に先立ち、編集部との打合せの段階で、すでにいくつか取材候補店を挙げています。条件は多治見およびその近郊に住む人たちが「あー、あのお店ね」とイメージが湧くこと。できれば多くの人が行ったことがある店。

 

そして、書くにあたっては、いくつかのことに気を付けるようにしています。

・読んでくれた人が、そのお店へ行きたくなることを目指す

・僕は陶磁器にまつわることを生業としているが、あまり業界受けを狙い過ぎないこと

一般の人にとっても分かりやすく。美濃焼に興味が湧くことを願って。

 

それを踏まえて今回の第2回は、きっと多治見市民、誰もが納得のお店です。

 

さていよいよ夏本番。毎年のことですが、こんだけ暑いと食欲が無くなります。そんな時はついつい冷たい麺。食べてしまいますね。

 

そう!夏バテ気味の私達のソウルフードと言えば、うどんの名店「す奈は」の「ころ」です。

 

 

いつ来ても安定の存在感。外観だけで美味しそうな店構え。

 

大将の堀部さんを訪ねます。外見からして美味しいものを作る人特有の柔和な笑顔。でもちょっと今日は気の進まない様子です。

 

「あんまり面白い話にはならんかもよ」

ん?いきなりどうしました?いえいえ大丈夫です。どんなことでもお話してくだされば、みんな知らないお話ですから、きっと面白いはずです。

 

「いやー、特別高級なもん使っとるわけやないし。ただ古いもんやで、もう作っとった窯焼き(陶磁器製造メーカー)もやめちまったし、買っとった陶器商(陶磁器卸売問屋)もやめてまったし」

 

えー!ここで一時停止。

ちょっとこのコラムの構成と思惑を整理します。

 

第1章 使い手の想い

①人気店の人気メニュー、お店の人のその器に対する想い

②そして美濃焼全体への想い

③誰から買っているのか、その人との関係

 

第2章 伝え手の想い

①器を届ける人、問屋さん、販売店さんの器への想い

②その人気飲食店への想い

③器の作り手への想い

 

第3章 作り手の想い

①作ってる人のその器への想い

②使ってもらってるその店への想い

 

とにかく使い手、伝え手、作り手の3人に登場してもらえれば、必ず面白い話に行き当たる。そう思って、この3部構成をイメージして取材に臨むのですが、ここでいきなり2章、3章の登場人物”なし”かー。

 

困った。かといって「そうでしたか、取材やめます」では何にも始まんない。

こちらの思惑は置いておいて、せっかくの老舗インタビューのチャンス。もう少し聞いてみよう。

 

それに美濃にはまだ沢山の陶器商、窯焼きがいる。どんぶりを持って訪ね歩けば、そこに何か物語が生まれるかもしれない。それをドキュメンタリーでお伝えすれば、それはそれできっと面白くなる。

よし!と気を取り直して。

 

このシンクでキンキンに冷やされてるのが「ころ」の器ですね。どんなこだわりがありますか?

 

 

「そーねー、そんなにこだわりはないけど、やっぱり毎日、何回転もするし、食洗機にもかけるから丈夫なほうがいいね。大きさ、深さはこんなもんがいい。あとは値段。うどんが1杯800〜900円やらぁ、だから器ばっかり高くても困る。値打ちで、うどんが美味しく見える色目であれば良い。ラーメンだったら真っ黒にしときゃ良いんだろうけど、うどんはそういうわけにはいかない。ベージュとかグレーとか、あまり濃い色じゃないほうがいい」

 

ほらー。そんなに無いとは言いながら、やはり美味しいものを美味しく食べてもらうための器には、一言も二言もあるわけですよね。

 

「本当はねー。元々はこんなんを使っとったんだ」とおもむろに棚の奥から取り出してくれたのは、呉須(紺色)とサビ(茶色)の笹の葉模様の趣のある、2つの丼。

 

「実はいっちゃん始め、坂上の店で使ってたのが、これ(写真左)。でも窯焼きがやめちまって、出来なくなって別のところで作ってもらったのがこれ(写真右)」

そっくりによくできてますね。

 

 

ここでまた、閑話休題。

 

そう、気になってる方もいらっしゃると思いますが、「す奈は」はついこの前まで、この宝町ともう1店舗が坂上町にありましたよね。元々「す奈は」は今からおよそ50年前、先代大将兄弟が、坂上町で創業しました。その4年後にこの宝町店をオープンしたそうです。

 

今回お話を伺っている2代目大将の堀部さんが登場するのはもう少し後の話。40数年前、高校2年生の堀部さんがお金もないのに勢いでギターを月賦で買ってしまった帰り道、実家の向かいの坂上店に「バイトさせてくれー」と転がり込んだことから始まります。

 

そして2017年5月。高齢化と人手不足のため、惜しまれながら坂上店は閉店。宝町店に集約されました。……話を戻します。

 

「だいぶ古いよ。今こんなことやってくれる窯焼きはないよな」

こちらも同様に高齢化と人手不足の窯業界。

 

先ほどの器は一見シンプルな柄ですが、全て手書きで結構な手間がかかっています。おそらく筆を4回も持ちかえないと描けない。もうこういう生きた線を描ける職人さんが少ないんですね。だから自ずと手仕事は価値を上げざるを得ない。そしてお店使いでも気兼ねなく使えるような安価なものを提供できるメーカーは淘汰されてしまう。

 

丁寧な仕事、手間をおしまない仕事をする人たちは商売が下手なんですね。

「そう、食べ物も一緒。こういう仕事は朝早くから夜遅くまでとにかく働かないといけない。休みなんてない。好きじゃなきゃやってらんない儲からん商売よ」

本当に頭が下がります。

 

「で、結局、その2軒目の窯焼きもやめちゃって、知り合いの陶器商さんに頼んで、カタログから似た雰囲気で選んだのが、今のこれ。でもその窯焼きもまたまた廃業。まーしゃーない。先代大将と同世代の窯焼きや陶器商の人たちだったから、みんな引退。」

 

とにかくどっちもこっちもみんな辞めちゃったってことですね。そうなると同じものが手に入りません。どうしましょう?探しましょうか?

 

「いや。もうそれは仕方ないことやら。ひとまず、その3つ目の丼作ってた窯焼きが辞めやーす時、 最後に全部買い取ったのがあと少し物置にある。こっちのころ大(大盛りのころ)のやつも同様に、あとふた縛り(束ねたものが2本、20個)くらいある。それが無くなったら、その時考えるわ。まだ友達やお客さんに焼き物に携わる人は沢山おるし」

堀部さんは終始明るく、親しみやすい東濃弁でお話ししてくれました。

 

 

さてどうしよう。

作ってた人を探り当てるか、会いに行くか。行ってやめた理由を聞いてどうなる。

これデッドストック誰か持ってませんか?作れるところ知りませんか?って発信してみる?

美濃焼ではこういうものが、これからどんどん増えて行く。高齢化、人手不足。

 

同じものが無いことは分かった。でも一応、プロに聞いてみるか。55席だから60個は必要。逡巡しましたが、一旦お預かりして陶器商さんを訪ねることにしました。

 

 

やってきたのは小名田町「業務用食器専門問屋」のまる忠さんです。専務の水野さんにお話を聞きます。

 

「丼といえば駄知ですね」

そう。美濃焼はエリアごとに作るモノが色々。どんぶり会館のある土岐市駄知町は日本の麺文化を一手に引き受ける、日本一の丼産地です。

 

「これはH窯さんというやめちゃったところですかね、昔はいろんなところで作ってたんですがね、あそこがやめたのを、こちらが引き継いで、みたいに残るものは残ってきたんですが、家内制手工業みたいなところばかりで、どんどん無くなっていっちゃいますね。大きなメーカーは残ってるんですが、合理的ですからね。こういう手間のかかるものはなかなか残らないですね」

あーもーその通り。しょうがないですね。

 

「確かに残念ですが、まだまだ丼はありますので、このカタログをす奈はさんに預けてください。いつでも必要な時に呼んでくださいって」

 

へー分厚いカタログですね。これ全部美濃焼ですか?

「そうです。800ページくらい全部美濃焼。しかも、こんなのが6冊あります」

 

 

この総合カタログってのは、オール美濃の陶磁器専門卸問屋さんたちが、オール美濃の窯元・製造メーカーの器を集めたもので、全国の茶碗屋さん・飲食店さんに営業する時に使うもの。

 

この中にはまだ20ページ以上も丼ばかりのページがあるし、ころ用の似たようなサイズのものはまだ300種類ぐらい掲載してある。丼を作ってるところもまだ数10社あるんですって。

 

堀部さんの丼はもう無いけど、まだまだ選びきれないくらい丼は沢山あるぜー!

 

そうか!時代に合わせて、使い手の気分や流行も変わる。当然作り手もそれに合わせて変容していく。メーカーの軒数が年々減っているのは心配ですが、器は無くなるものもあれば、新しいものも生まれてくる。当たり前の変化、新陳代謝かもしれないですね。

 

ちなみに水野さんも小さい頃から、お父さんやおじいさんとす奈はによく行ったそうです。やっぱり一番好きなのは天ころ。エビ天の衣が汁にふやけてウジャウジャになったのが好きだそうです。だからソウルフードのお役に立てるならなんでも言ってくださいねって。頼もしいです。

 

 

名店のあの器はあそこで作っていて、ここで買えます。と言いたかったんだけど、今回は残念でした。そんな状況は栄枯盛衰、一見寂しいことのように見えますが、堀部さんも水野さんもカラッとしています。それも時代の流れやら。

 

まだそんな風に言えるのは、相変わらずやきものが多治見の地場産業だから。まだその火が消えることのない現在進行形の街だからでしょう。

 

次回は必ず、伝え手、作り手に出会えますように。

 

【今回の登場人物】

 

使っている人 手打ちうどん「す奈は」宝町店

ホームページ・snsはありません。

色々つなげれる人 株式会社まる忠

https://maruchu-tajimi.com/

↓         

作っている人 

おそらく廃業。

 

SHARE

取材/広告掲載/プレスリリースに関する
お問い合わせや
たじみDMOの事業に関する
お問い合わせはこちらから