【連載】あの店のあの器 -だいどこ やぶれ傘-
名店にはその店を象徴する人気メニューがあり、人気メニューにはその魅力を引き立てる器がある。その器は「多治見市民=やきもの市民」の店主の想い、陶磁器産地たる誇りの表れである。
連載「あの店のあの器」
このコラムは美濃焼の街・多治見市ならではの、お店と料理と器のストーリーを紹介します。
9月、10月と市内はイベント盛り沢山でしたね。今年は少し行動の制限もやわらぎ、皆さんも徐々にお出かけなさったことでしょう。
僕はこのコラムを書くこともそうですが、飲食業の知人友人とお話しする機会が多く、この数年は時候の挨拶よろしく、必ずコロナの話になる訳で、そうするとやっぱりどのお店も大きく影響を受けています。特に夜営業が主体のお店や、お酒を出すお店は顕著で、まだまだ全然元どおりというわけにはいかないようです。なんとか皆さんの足がそういったお店にも向くよう、僕も色々発信していきたいのです。
ということで今回は皆さんご存知の、いつも満席で大人気の居酒屋さんのお話です。
多治見駅から徒歩2、3分。一本裏の道からさらに狭い路地を入ると、目印のボロボロの傘。そのまんま「だいどこ やぶれ傘」です。
「このお店を始めたのが55歳。裏路地みたいなところで店がやりたくて、ずっと探してた。場所、雰囲気、内装、器、料理、店作りの全てにこだわったから準備に6年かかった」
ママが大切に作ったお店、それから23年育ててきた、本当に唯一無二の存在感が店から路地に滲み出ています。
例えばどんな時、僕がこのお店に来るかというと、海外から、都会からお客さんを迎える時、美濃焼産地を象徴する居酒屋にお連れしましょう、とご案内します。その心中、どうだ、多治見にはこんなすごい店があるんだぞ、参ったかーって思ってるんですが。
ではどのようにすごいのか、ストレートに以下三つ。
①料理が美味しい
②雰囲気、ホスピタリティーが素晴らしい
③器がハンパない
まず、①料理について。
カウンターに並ぶ大皿、大鉢。メニュー表は無いですが、煮物、和え物、食材がドンドンドーン。まずこれで、入店した瞬間に胃袋を掴まれます。何年前に作ったかわからないホームページには「家庭料理、昭和の味」そういうことです。
ここのところ、ママによく聞く話。
「私は小学校2年生から呑んでるから。毎日一升。親父さんは何も咎めなかった」
きっとそのアテを自分で作ってたのが、今のママの料理のルーツなんでしょう、だからしっかり濃いめで、お酒が進む。僕はお客さんをアテンドする時、ドライバーの場合も時々あったので、そんな時はご飯も進む。
②雰囲気。
ホスピタリティーとさっき書きましたが、誤解されては困ります。隅々まで行き届いた極上のサービスは期待してはいけません。ママは55歳でお店を始めて23年。お店にはその他、女性のスタッフが3、4人。みんなママの同級生とは言いませんが、同世代の大先輩たちがお店を回しています。
黙ってたら、ほっといてくれますが、注文したければ大声を出さなきゃ聞こえません。2階席は生ビール1杯限り。あとは 冷蔵庫から瓶ビール自分で出してね、階段の昇り降り危ないんで。
「今からこれ焼くけど、あんたも食べるか?」
本日のオススメですね。ワイワイガヤガヤ。こちらから積極的にコミュニケーションすることで、独特のワールドを楽しんでください。
③器がハンパない。
ここが今回のコラムの肝です。オープンキッチン内の壁4面が全て食器棚、そこを埋め尽くす、美濃中の作家の器。
「とにかくいい器、作家の器を使う店をやりたかった。器屋さん、ギャラリー、展覧会に出向いて色々買った。とにかく好きだから」
ママのお眼鏡にかなった器は店だけでは置き切れず、おうちにも山ほどあるらしい。
あの酒器は80歳代先生の若い時の、こっちは陶芸協会の大御所の盛り鉢、物故作家のものもあるね。展覧会に整理券の出る人気作家や、お猪口や盃には若い子のも。小さなものまで入れたら、おそらく4、50人の作家の器がある。下世話だけど、数千円から数万円のものまで、お宝だらけ。
陶芸家ってのはだいたい食いしん坊で、酒飲みだから、多分おおげさだけど、美濃の陶芸家全員、ここに飲みに来たことあると思う。
その中でも、一番、やぶれ傘を象徴する器、作家って誰だろうねと尋ねると、
「ベテランはいいから、若い作家を紹介したい」でも30歳代のものも棚には並んでるけど、象徴するっていうならもうちょっとボリュームが欲しい。ぐるっと壁を見渡すと、やっぱり織部のグリーンと赤絵が目に止まります。となると数ではやっぱり「榛ちゃん」ではないですか?
「そーか。若くなあけどねもう。でも使いやすいからついつい増えちゃう。しょうがないか。」
通称「榛ちゃん」榛澤宏さん。多治見市で織部、赤絵、粉引などを中心に製作する、まもなく50歳の陶芸家です。
「最近は若い女の子のお客さんに、これとかが人気あるのよ、可愛いってね」
榛ちゃんよく来る?
「最近は時々ね、痛風だから」これまた陶芸家あるあるだわ。
旭ヶ丘の団地に入ってゴルフ場のちょっと先から、いい建物のお家が立ち並ぶエリアがあります。キュッと曲がって林の中がパッと開けたその先に、まるで昔話に出て来そうな立派な屋根。瀟洒な日本庭園。ここが榛澤宏さんの自宅兼ギャラリー「ギャラリーはんのき」です。
北海道出身の榛澤さんがなぜ多治見で織部や赤絵の器を作るようになったのか。
20歳代中盤、料理好きな榛澤さんは自分で作った料理を、いい器に盛りたいなと思うけど、そう簡単には買えない。どこで売ってるか、見つけても当時の榛ちゃんには値段が高い。自分で作れないだろうか、ということで陶芸教室に通い始め、こだわりやさんの榛澤さんは遂に瀬戸の職業訓練校にたどり着きます。
訓練校のデザイン科で陶磁器の絵付けの基礎を学び、瀬戸のメーカーから多治見の作家さんの工房に入り、今の作風になっていきます。織部、赤絵、粉引と美濃焼の伝統的な技法で、リズミカルな筆致と軽やかな形の器が特徴です。こう書くとサラッとできちゃいそうですが、実際は成形してから、素焼→化粧焼→本焼→赤絵焼→金焼 と5回も焼く、恐ろしい手間がかかるものもあるんです。
どういうことに気をつけて作ってるんですか?
「作ること自体が好き、焼き物が好き、だから作風にとらわれず、いろんな技法や釉薬をやりたくなっちゃう。でも大事なのは料理が映えること、日本の食事ならではの微妙なサイズのルールが気になる。そして家庭で使っても軽くて、すっと取り出しやすい形」
ママとの出会いとか、やぶれ傘に行き始めた時のこと、なにか覚えてないですか?
「んー。どうだったか。飲むと記憶なくなっちゃうんで。飲みに言った時に、こういうの作って欲しいって言われて、次に作って持って行くこともあったね」
とにかくお酒が好きで、本人曰く、ひどい飲み方をしていた時期、なんでか思い出せないけど、朝、やぶれ傘の2階で目覚めた事が何度かあった。布団まで敷いてもらって。そのままパパさんにモーニングに連れてってもらったこともある。
「本当にお世話になった。感謝しかない」
ここ最近は飲みすぎがたたってか、3、4年前から痛風のため、しょっちゅうは飲み歩けず、お店にも行けてないそうですが、ママは時々こういうの作って欲しいってこのギャラリーに来てくれることも。
「これが最近若い女の子中心に人気ある」といっていたお花を全面に散らした小鉢は、決して新しいものでなく、ぼちぼち赤絵の器が売れだして、なんとか陶芸一本で生活してゆけそうになってきた頃の懐かしいやつで、今は作ってないんだそう。
「あっそー。またやろうかな」
「ギャラリーはんのき」は榛澤さん直営で、お客さんはママをはじめ地元のお店や、それこそ名古屋の星付きのシェフも来る。プロの料理人が多いですが、誰でも訪ねることができます。ぜひ訪ねてみてください。ただ通常はちょっと離れた工房で製作していますので、アポは忘れずに。もうちょっと作品を見てみたいという方、インスタをチェックしてください。
遠方の方はBASEで購入も可能です。
帰り際に一番、榛ちゃんらしい、器はどれですか?と聞くと
「これかなぁ」と言って。
もうふざけてるのか、真面目なのかわからない。だから確かにこれかも。
物作りが好きで、食いしん坊で、優しくて、お茶目で、お酒好き。
榛ちゃんのギャラリーは立派だけど、ちゃんと街中にもやぶれ傘っていうショールームがあっていいね。
今回のやぶれ傘から榛澤さんのギャラリーまで車で15分。
やっぱり多治見は料理と器の距離が近い。料理人と器作家の気軽な嬉しい距離。
「ギャラリーはんのき」も「やぶれ傘」も、いつでもオープンしてる(もちろん定休日はある)地元にむかって開いてるんで、予約だけして是非行ってほしいし、近所の人を誘って、あるいは遠方からお客さん来たら是非案内して、多治見のこの食文化を自慢してほしい。
最初に戻ると、僕はやぶれ傘にお客さんをご案内して、宴もたけなわ必ずこう言いたくなる。こんな豊かな食文化、他にある?他所のやきもの産地でもこんな店に出会ったことない。割烹じゃないよ、居酒屋だよ。
そしてやぶれ傘に行った時はカウンターの料理を見るふりしてあたりを見回してみて。お客さんは美濃焼業界の人も多いし、もしかしたらあなたのその隣の人、その器作った陶芸家かもよ。
【今回の登場人物】
使っている人 だいどこ「やぶれ傘」
↓
つなぐ人
今回はどっちも直接行ってみてください。
予約・アポをお願いします。
↓
作っている人 陶芸作家 榛澤宏 ギャラリーはんのき
https://www.instagram.com/gallery_hannoki/?hl=ja