産地でやきものを学ぶ「ishoken」とは 世界から作り手が集まる陶磁器の研修施設を取材
日本有数の陶磁器産地で、全国有数のやきものを学ぶ研修施設があります。
数多くの陶芸家やデザイナーを輩出している多治見市陶磁器意匠研究所(以下、意匠研究所)です。やきものの研修施設として、陶磁器デザイナーやクラフトマン、陶芸家を志す人への人財育成や、地元の陶磁器業界に対する製品開発の支援、依頼試験などを行っています。
毎年、やきものを学びに全国各地から人が集まる意匠研究所。近年は、海外からの研究生も学んでいます。美濃のものづくりを醸成する意匠研究所の取り組みについて、意匠研究所職員の山下奈穂さんに話を伺いました。そして、海外から学びに来た3人の研究生にもインタビュー。意匠研究所は、多治見のまちでどんな役割を果たしているのでしょうか。
産地ならではの学びの環境 全国から作り手が集まり、人を育てる意匠研究所
幅広い世代で活躍する陶芸作家を多く輩出している意匠研究所は、多治見市美坂町にあります。その前身は、組合立の美濃焼上絵付研究所で1951年に弁天町で設立されていました。その後、多治見市に移管され、1959年に意匠研究所が発足。1960年3月に第一期生が卒業した後、1000人を超える作り手が巣立っています。
意匠研究所のデザインコース・技術コースは、2年間の研修課程があります。1年目のカリキュラムは共通の実習と講義で構成され、やきもの作りの基礎的な知識と技術を学びます。2年目は応用制作と卒業制作を通して各々の進路を見据えた制作技術と創造力を養います。
また、セラミックラボという、デザインコース・技術コースの上位コースに当たる1年間の研修課程があります。日本全国・世界各地からテーマを持った研究生が集って、それぞれのテーマの中で制作・研究し、多様な価値観の中で創造する力を磨いています。

20年以上前の意匠研究所は、窯元の後継者が多く入所していましたが、近年はやきものを学びたい人が日本全国、世界から訪れています。ここ数年は募集が定員に達することが多く、今年は過去最高の研究生数になっているそうです。
「意匠研究所の卒業生が産業からアートの世界まで幅広く活躍しており、憧れの卒業生の影響を受けて入所する人は多いです。また、意匠研究所の所長をはじめ職員も作家として活動しているので、学びたい先生がいることが動機となっている研究生もいます」と山下さんは話します。
また、インターネットの影響によって、若手作家の活躍がより目立ちやすくなっています。
「インスタグラムなどのSNSを介して作品を知ってもらう機会が、ここ10年ほどで格段に増えました。個人の作品をセルフプロデュースで発信することで、若い作り手がギャラリーやお店の人にリーチしやすくなっています」と山下さん。
年々盛り上がりを見せている意匠研究所。産業から建材、伝統工芸や器など幅広いものづくりをしている美濃焼産地をベースとした、この地域ならではの教育環境は何よりの強みとなっているでしょう。
意匠研究所の魅力とは? 世界から多治見を目指した研究生たち
ここ数年、海外から作り手が入学しているのも意匠研究所にとって大きな変化です。2017年にセラミックスラボの中に外国人特別選考を設けて、募集を始めたのを機に、世界中から多様な背景を持つ研究生が集まり、やきものを学んでいます。
また、2023年にはIAC国際陶芸学会の法人会員として加盟。世界各地でやきもの関係者との交流を深め、国際的な陶芸振興促進に寄与しています。
今回は、第22期セラミックスラボ外国人特別選考の3人の研究生に、意匠研究所で学んだこと、多治見での暮らしぶりについて話を伺いました。
スウェーデン出身のエイデロブ マチルダさん。スウェーデン農業科学大学で園芸を学び、陶芸の講師もしていました。仕事の傍ら、夜間と週末はやきものの制作をしていたそうです。友人から意匠研究所のことを聞いて第22期の選考に応募しました。
―意匠研究所で過ごした1年間で、印象的だったことを教えてください。
多治見の暑い夏が印象的です。自分の工房はエアコンがなく、窓を全開にして扇風機を回して制作をしていました。卒業後、スウェーデンに帰って思い出すのは日常の風景だと思います。陶芸だけに集中できる生活が初めてで大切な時間でした。他の研究生もみんなフレンドリーで、自身の悩みや考えを話したことも大きな学びになりました。
―多治見では、どのように過ごしていましたか?
多治見は小さなまちですが、面白い場所がたくさん隠れています。自転車でいろんな所へ行き、クライミングジムにも通っていました。料理が好きなのでスーパーに行くのも楽しかった。日本食ばかり作っています。スウェーデンに帰ったらおでんを振舞いたいです。
マチルダさんのモチーフとなっているのは、スウェーデンの冬。曇っていて何カ月も太陽が見えない、灰色のコントラストのない風景が続く様子を表現しています。自身の作品が生活の中に置かれ、普段から使ってもらえたらうれしい、と話していました。
香港出身で、デザインやマーケティングの仕事をしていたウォン チン キウさん。香港では仕事の傍ら、陶芸の制作をしていました。国際陶磁器フェスティバルで多治見を知り、陶芸教室の先生から意匠研究所を教えてもらったそうです。
―なぜ意匠研究所を志願したのでしょうか?
仕事と陶芸を両立するのは大変で、陶芸中心の生活がしたくて意匠研究所に応募しました。合格の通知が届いた時はすごくビックリして、香港のまちなかで「やったー!」と大喜びしました。
―意匠研究所で過ごした1年間で、印象的だったことを教えてください。
周りの研究生は研究所が開く時から閉まるまでずっと作業をしていて、家に帰った後も夜遅くまで制作をしていました。彼らの真面目に取り組む姿に影響を受けました。みんなとともに私も1年間制作に集中できました。
―多治見では、どのように過ごしていましたか?
やきもののまちの雰囲気が強く、オリベストリートや市之倉が印象的でした。THE GROUND MINOのat Kilnが気に入っていました。
白磁の作品を制作したウォンさん。意匠研究所に入ってから白磁を使うようになりました。美濃の土と有田の土が違うように採る地域によって白磁の材料や質感が違う点に着目し、日本のいろんな白磁をテーマとして制作に取り組んだそうです。
スペイン・バルセロナ生まれのベンナベンテ ホ カロリーナさんは、2021年に陶芸を始めました。卒業生から聞いた意匠研究所に興味を持ち、自分の技術を高めたくて応募しました。やきものの研修施設で英語をサポートしてくれる環境も重要なポイントだったのだとか。
―意匠研究所で過ごした1年間で、印象的だったことを教えてください。
鋳込みの技術です。ろくろでの制作と考えて入所しましたが、意匠研で鋳込みや手びねりなどさまざまな技法を知り、自分の研究テーマには鋳込みがピッタリだと感じました。
―多治見では、どのように過ごしていましたか?
クルマに乗っているので、多治見だけでなく土岐や瑞浪など陶芸と関係のある所には足を運びました。特に気に入っているのは、瑞浪市のカネ利陶料です。日本の土、道具などを学べて本当によかったです。また、多治見のまちの特徴はコミュニティの強さ。土器作家の野焼きに参加させてもらうなど、作り手同士の関わりが強いのも面白かったです。
カロリーナさんのテーマは、二つのものが一つになる「Dualism(デュアリズム)」。カロリーナさんは双子で、離れて暮らす姉妹とのつながりを表現したいと考えたそうです。双子のつながりは強いけれど一人一人の違いがある。違うけれど同じであり、同じかたちでの違いを表現しています。まるで人間のかたちをしたような花瓶が背中合わせになっている作品は鋳込みで制作しています。
3人とも意匠研究所で多くのことを吸収したと口を揃えます。多治見のまちでの生活も楽しんでいたようです。野菜や魚が新鮮なスーパーマーケットの楽しさを語る点も共通していました。多治見のスーパー銭湯・天光の湯がお気に入りという声も!
やきものを志す人、新しい人を迎え入れる風土があるまちで
多治見で生活し、研究生にもやきものの場以外のコミュニティで交流も生まれてその輪が広がっています。外国人の研究生は母国へ帰る人が多いですが、意匠研究所卒業後も7割ほどの研究生は美濃に残って活動しているそうです。地域の人に支えられていると話す山下さん。国内だけでなく、外国から学びに来た人が住む場所を探す手伝いなど、生活のサポートも欠かせません。
「多治見は、地域の人の懐が深く、皆さん温かく迎えてくださっています。全国から学びに来た人が多治見に残って制作できるように意匠研究所で陶芸工房バンクに取り組んでいますが、まちの人が物件を工房として使わせてくださることが多いです。アルバイト先として作り手を応援するなど、若い人たちをいろんなかたちでサポートしてくれています」
意匠研究所を目指して、多くの人が多治見に移り住み、ものづくりを続けています。新しい人を温かく受け入れるまちの土壌が、年々成熟しているように感じます。
多治見市陶磁器意匠研究所をこの春卒業する、第66期デザインコース9人、技術コースの11人、セラミックスラボの第22期研究生9人による卒業制作展が開催されています。
全国各地、そして海外から多治見に移って技術を磨いている研究生たち。2年間の集大成としての卒業作品展は、2月24日(月・祝)まで。今年は、多治見市文化工房ギャラリーヴォイスと新町ビル・山の花の2拠点での開催です。ぜひ足を運んでみては。
■多治見市陶磁器意匠研究所 卒業制作展2025
【会期】2025年2月7日(金)~ 2月24日(月祝)
【時間】多治見市文化工房ギャラリーヴォイス 10:00~18:00
山の花/新町ビル 11:00~18:00
【場所】多治見市文化工房ギャラリーヴォイス(多治見市本町5-9-1陶都創造館3F)
山の花/新町ビル(多治見市新町1-2-8新町ビル1~3F)
※入場無料
507-0803
多治見市美坂町2-77
TEL 0572-22-4731
https://www.city.tajimi.lg.jp/ishoken/