多治見に暮らす陶芸家の夫婦が子育てを通じて作り出した 「こども食器 rakko(ラッコ)」
3歳と1歳、二人のお子さんを育てる長屋家。夫婦ともに陶芸家であり、夫の有さんは陶磁器ブランド「3RD CERAMICS」を、妻の亜美さんは陶磁器アクセサリーブランド「am.」を展開しています。多治見に居住し、作家として活躍する中で新たに生まれたプロダクトが「こども食器 rakko(ラッコ)」。子どもが使う食器にチャレンジした経緯やものづくりのこだわり、親としての思いについて長屋夫妻にお話を伺いました。
「できた!」を引き出す、子どもの食器
――まず、子ども食器を作るきっかけとなったエピソードを教えてください。
長屋 有(以下、有):友だちから「子どもの使える器を作ってもらえん?」とお願いされたことがきっかけです。口元に返しがある、すくいやすくて少し重い器をプレゼントしたら「すごく使いやすい」と喜んでくれて。その時に作った物がrakkoの元になりました。
長屋 亜美(以下、亜美):その友だちは多治見出身で「陶器を子どもに使わせたい」と言っていて。探してもピンと来る物がなかったみたいで、陶芸をやっている私たちに頼んでくれました。それが始まりでしたね。
――お二人も子育てをする中で子ども食器の必要性を感じるようになったんですか?
亜美:初めは、出産祝いで頂いたプレートや茶碗、スプーンなどメラミン食器を使っていました。親がごはんをあげる段階では問題ないですが、子どもが食べる練習をし始めたら、どうにも使いづらかったんです。スプーンを使ってすくおうとしても、どんどんお皿が逃げていく。すくえたと思ったら落ちて泣いてしまう。食べたいのに食べられないし、自分でやりたいのにできないから私が手伝っても怒る。そういう大変さはみんな経験するし、親がじっと見守る我慢の時期ではあるけれど、どうにかできないかと思っていました。
有:上の子が1歳半の頃、友だちに作った器のことを思い出して試してみたら、すごく使いやすかったんです。
亜美:子どもは食事のたびに失敗しているから「どうせすくえない」と本人なりに思っていたんだと思います。でも、陶器で試してみたら自分ですくえて、「ワア!」とうれしそうな顔をしたんですよ。その姿を見て、「そうだね、自分で食べられるってうれしいよね」って……できた瞬間の子どもの顔はよく覚えています。
―子どもの成功体験につながったんですね! 食べること自体が楽しくなりそうです。
亜美:そうですね。この出来事から「これはみんな困っているはず。子どもも親もうれしいから良いんじゃないか」と思って動き出しました。
大勢の人に使ってもらうために、量産でのものづくりを選択
長屋有さんと土井武史さんの二人で手掛ける3 RD CERAMICSでは、「個人作家と量産メーカーの間」という第三の切り口で器を製作しています。自らろくろを挽く商品もあれば、手作りの原型を使って量産する器も。3RD CERAMICSでのものづくりが、今回のrakkoの量産体制にもつながっているそうです。
――作り手であるお二人が、子育ての経験から子ども食器の必要性に気付いたんですね。なぜrakkoという別ラインで器づくりを始めたんですか?
有:僕がろくろを挽いて「3RD CERAMICSで子ども食器を作ったよ」って始めることもできたんです。だけど、ろくろで1個ずつ作ると価格が高くなるし、食洗機や電子レンジで使いづらい物になってしまう。まずは、子ども食器として手が出しやすい価格であることが大切だと思いました。子どもが幼い頃はお金がかかるし、できるだけ大勢の人に使ってもらえる物を作りたいと思っていたから量産を選びました。
―製造は3RD CERAMICSでお世話になっている多治見の陶磁器メーカー・丸朝製陶所にお願いされたんですね。
有:生産工程はもちろん、どんな土や釉薬(ゆうやく)が適しているのかなど、量産においては僕らでは分からないことも多いので丸朝製陶所の松原圭士朗さんにたくさん相談に乗ってもらいました。一緒に作らせてもらった感覚がありますね。
亜美:量産で製造するにあたって、色やサイズなど決めることが膨大にあって。お互い仕事と子育てをしながら、空いた時間に夫婦で話し合いをしていました。
有:子どもたちが寝たら「今日は色の会議しよう」とか。僕がろくろで挽いたサンプルを、うちの子に使ってもらいながら、納得できたら次に進むペースで。気付いたら2、3年かかっちゃいましたね。
亜美:時間をかけたって感じはしないけどね。ゆっくり丁寧にここまで来ました。
――ちなみにrakkoという名前に決まった経緯は?
亜美:親しみやすい動物の名前が良いと思っていたときに、ラッコが食事で道具を使うことを知ったんです。親が使い方を教えてあげるけど、子ラッコは貝や石を海底に落としちゃう。練習して自力で食べられるようになるという記事を見て、「それって私たちと一緒!」と思って「rakko」に決めました。ラッコがお腹の上で器を抱えているイメージをロゴマークにしています。
大人も自然と使いたくなる「子ども食器」を目指して
子ども食器の愛らしさがありつつも、大人も使える万能な器であることは写真から伝わってきます。しかし、そこにたどり着くまでに陶芸家としてのこだわり、デザインの仕掛けが余すところなく込められているのだとか。rakkoの細部をのぞかせてもらいました。
――開発過程で一番こだわった点、難しかったポイントはどこですか?
有:「すくいやすい返しがある」という点は、キャッチーで説明しやすいけれど、一番のセールスポイントではなくて、私たちがこだわったバランスです。子ども食器として販売するけれど、大人が使える物でもありたい……これって難しいんですよね。子どもっぽくはしたくないけど、いかにも大人っぽい白・黒・グレーでスタイリッシュな商品にはしたくない。あくまで子どもが愛してくれる色味でありたいけれど、かといってすごく可愛い物にもしたくはない。
――子どもらしいけれど、大人も使いたくなるデザインに至った秘訣はどこだと思いますか?
有:土は特に慎重に選びました。量産では磁器のスカッとした白い器が一般的ですが、丸朝さんが作っている「クラフト磁器」の土を採用しています。rakkoがポップになりすぎない印象があるのはこの土のおかげ。
亜美:若干、釉薬が透けていて土の色を生かしています。
―rakkoのだいたい、くりーむ、みどりの3色は土の色があってこそ?
亜美:釉薬の濃さで色の見え方が変わっているんです。それによって落ち着いた印象の器になっています。陶芸っぽさ、やきものっぽい感じですね。
――実物を見ると「子どもらしさ」だけではなく、機能美やかっこよさを感じ取れます。
有:丸朝の圭士朗さんからも「普段ちゃんと器を使っている人がデザインした物だと分かる」と言ってもらえてうれしかったですね。底の形状も食洗器で水が溜まらないように工夫していたり……気付かれないから、わざわざ言わないですけど。笑
亜美:分かってもらえた?って、その時はうれしかったですね。
有:口元の厚さ、器のフォルムや立ち上がりとか、小さいことの積み重ねで印象が生まれると思う。子ども食器だけど、若干シュッとして見えるのはそういう部分。「なんか、かっこいい」が言葉にならなくてもいいですけど使いながら感じてもらえたら。
有:rakkoのグラフィックを依頼しているデザイナー夫婦は「娘にも使いやすいけど、気付いたら俺と奥さんもrakkoで食べちゃってる」と言ってくれて。それが僕らの理想ですね。
―子ども食器を、大人がつい使いたくなってしまうのは面白いですね。
有:そうですよね。「大人も使える」と言わなくても、使いやすいから自然と使ってもらえる物を目指しているんです。僕らも気兼ねなく使っています。
子ども食器の定番として、選択肢を増やすために
クラウドファンディングで幕を開けたrakkoのプロジェクト。現在(22年5月31日時点)では、応援購入総額が440万円を超え、「こんな子ども食器が欲しかった」というサポーターの声で溢れています。最後に、今後のrakkoの展望や長屋夫妻が見ている未来についてお聞きしました。
――クラウドファンディングでは、達成率1400%を超えていて大反響ですね。
有:クラウドファンディングだけ見ると「成功したね!」と言っていただけるんですが、まだ身近な人だけがサンプルを使っている段階なので、「ごめん、まだ何にも始まってないんだよ」と思っていますね。使ってもらってどういう反応が出てくるか、見えてない部分はあります。
亜美:だからこそ、クラファンでこんなに応援してもらえたのはびっくりしました。物を見ていない状態でも信じてもらえているから早く使ってほしい、早くrakkoを送りたいという気持ちです。
――ユーザーの声から改良点が見えたり、アイデアが広がったりしそうですね。今後、rakkoをどう育てていきたいですか?
亜美:私はInstagramから物を選ぶことが多いですが「#子ども食器、#幼児食」で調べたときに、代表的な子ども食器の中にrakkoがあがるようになりたいです。
有:亜美を見ていると、子どもの物を買うときに店のHPよりも、人のレビューや使っている様子を見て選んでいる。そういう人が多いからこそ、使ってくれた人が発信したくなるような商品になったらうれしいです。
有:あと子ども食器はセット売りが多いんです。でも、私たちもそうだったように買う方は1個から試してみたいはず。なので、サイズごとに箱を作って1個から買えるようにする予定です。
亜美:お母さん・お父さん自身が良いと思った物を選んで、納得して買ってほしいという気持ちが大きいかな。
――幼い頃に子どもが使っていた食器も、親にとって思い出深くなるからこそ納得して選びたいですね。
有:そう、捨てづらかったりするだろうなと。それを食器棚の奥に眠らせているのも勿体ない。子どもが食べる練習をしていた器がずっと継続して使える物であれば絶対そっちの方が良いと思う。そういった意味でも「大人も使える」というより、rakkoは「ずっと使えるもの」です。
――では最後にrakkoを通じて、どんな未来を描いているか聞かせてください。
亜美:私は、子ども食器の選択肢の一つとしてロングセラーになりたい。子ども食器の定番になれるはず、と思って作っています。他の子ども食器と戦いたいわけじゃなくて、子ども食器の選択肢を増やしたいです。
有:あと、rakkoをやっているモチベーション……ひとつの野望としては、将来うちの娘たちが「大学に行きたい」と思った場合でも「いいよ、どこでも行けばいい」と言えるようになっていたい。別に大学に入れというわけでなくて、もしもそうなった時に「rakkoをやっていて良かったな」と思えるように。
亜美:それは親としての裏野望ですね。やっぱり子どもを育てるのはお金も必要。好きに進学させることも簡単なことじゃないからこそ頑張ろうという気持ちにもなる。でも、良いものを作れば結果としてお金は入ってくるはずと、常に思っています。
―rakkoの活動が巡り巡って子どもや家族のためになるというのは、親としての希望ですね。
有:子どもたちはモデルやモニターになってくれている一番の協力者。いまはタダ働きになっているから、将来的にそういう形で還元できればいいなと思っています。
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rakkoを通じて見えてくるのは作り手としての顔だけではなく、子どもたちを思う純粋な親の気持ち。その思いが根底にあるからこそ多くの人に共感され、応援されているのだと感じます。
rakkoのクラウドファンディングの実施は、22年6月8日まで。リターンの発送は、同年8月~9月を予定しています。多治見発の子ども食器rakko、ぜひ一度チェックしてみては。
大人も使える こども食器 「rakko(ラッコ)」|makuake
https://www.makuake.com/project/rakko/