陶芸家とのご縁をつなぎ続けて 56名の作家による酒器の祭典「たまき杯」 -前編-
ながせ商店街にある、大正時代創業の老舗酒屋「玉木酒店」。酒販店という枠にとどまらず、器の展示やライブ、靴の販売を行うなど幅広く活動しています。2011年からはながせ商店街を盛り上げようと、地元作家が作った陶器が商店街の店舗に並ぶイベント「商展街」を毎年秋に開催。イベントや展示を通して紡いできた作家とのご縁が今につながり、9月17日から同店2階のギャラリーで「片口と盃の祭典 たまき杯」が開催されています。
今回は、玉木酒店・4代目の玉木秀典さん、陽子さんご夫妻にインタビュー。そして、当イベント企画者の一人である新町ビルの水野雅文さんにもご登場いただき、「たまき杯」への思いをお聞きしました。ロングインタビューとなったため、前編・後編でお届けします!
ながせ商店街を巡る器のイベント「商展街」が生んだもの
――まず、2011年からながせ商店街で開催していた器のイベント「商展街」について聞かせてください。どういった思いから始められたんですか?
玉木秀典(以下、秀典):商店街の店舗それぞれに陶芸作家の作品を展示する企画です。商店街がギャラリーとなって、いろいろな店をジグザグと入り、「あそこに行ってみたら?」といったコミュニケーションがあるといいよねと。各店の顧客をみんなで共有し、他店の情報を自店の顧客に教える。それが本来の商店街の姿じゃない?という考えから始まりました。
――商店街を巡るきっかけづくりが目的だったんですね。イベントを通じて、作家との関係性も生まれましたか?
秀典:みのわ手芸店での展示をきっかけに陶器のボタンや毛糸柄のコップを作る作家もいたんだよね。それに、県外出身の作家が「ただいま」と言えるような人間関係を商店街で築けたらいいな、と。「飯、食っていきな」と言えるような。「商展街」の当初から参加してもらって仲良くしている陶芸家の河内啓さんは、うちの店のことを「商店街でお茶を飲むところが増えた」って言ってくれているよね。
秀典:「商展街」では、「カフェ温土」で作家と店主が集まって「うちはこういう店です」「僕はこんな作品を作ります」と共有して、第一印象で希望の相手を指名する、という企画をやったことがある。「フィーリングカップル」みたいな! 作家さんとコミュニケーションが生まれたし、それを毎回やれたらよかったと思うくらい面白かった。
――商店街といえども、気になるけれど入りにくかったり、お話させてもらったりすることに壁を感じる人もいると思います。買い物目的じゃないのに入っていいのかな?と考えることも。
玉木陽子(以下、陽子):お客さんに「入りにくい」と思われていることをお店側が知らないよね、きっと。
秀典:うちでも「入りにくい」ってよく言われるから。食品とかも販売しているけれど、お酒に興味がないと入っちゃいけないと思っていたり。
陽子:入ってみたら「あれ?気さくなんだ」みたいな。初めてご来店いただいた方は、私たちが気付きますね。
秀典:今回の「たまき杯」でもそうだけど、イベントを通じて店へのハードルは下げられる。別にお酒を買わなくても「陶器を見にきました」「どうぞどうぞ」みたいな関係になれるし、うちがいろいろなイベントを仕掛けるのも、結局は店のハードルを下げて来ていただきたいから。あとは、贈り物や何かのタイミングでうちの店をちょっと思い出してもらえればいいかな。そう考えられるようになったのは「商展街」がきっかけです。
「陶芸作家のためになれば」という思いありき
―― 玉木酒店は、器はもちろん、靴の販売などさまざまな展示をされている印象です。
秀典:始めは年に一度の「商展街」だけだった。5年前に司ラボ(多治見市近郊の陶芸作家のためのオープンシェア工房)の「伝手展(つててん)」が始まったかな。
陽子:陶器に対する考えが変わったのもそれからよね。やっぱり多治見市民って作家の器を買うということは少なくて陶器商さんの安い器を使うみたいな習慣が根強かった。実家の倉庫には安く買った茶碗が10客ぐらい縛って置いてあったし。
秀典:「器は貰えるもん」とよく言いますよね。
陽子:昔は、酒屋でも景品で頂いていたから割れても平気で、ちょっと雑な扱いだった。展示をやるようになってから作家さんの世界観や考えに触れて意識が変わった。
―― 意外です。てっきりお二人とも元々、作家の器がお好きなのかと思っていました!
陽子:もう全然。うちの展示でも、最初は3,000円や5,000円の器を「高いね」という人がほとんどだったからね。
―― その頃と比べると個人作家の展示が市内で行われて、購入できる店も増えています。
陽子:うん、変わってきているよね。当時は「作家さんが食べていけない」という話をよく聞いていました。働かないと生活できないから製陶所の社員として朝から晩まで働いて、家に帰るとクタクタ。作品を作る時間も気力もない。自宅で小さい工房を構えるけれど、作品を個展に出すほどまでは至れない。しかも、それを共有しあう人もいなかったみたい。
――10年ほど前は、個人での発信やクラフトフェアやマルシェも今ほど多くない時期でしたから厳しい状況は想像できます。作家としては展示できるだけでも貴重な機会だったわけですね。
陽子:うちの展示に東京のギャラリーの人が来て、作家の元に個展のオファーが届いたことがあってね。その当時から目が利く人は見に来てくれていたんですよ。その場では売れなくても後日に声がかかったり、人の縁がつながったり。チャンスなんてどこに転がっているか分からないと思いましたね。
酒屋だからこそできるコンペ「たまき杯」への思い
――酒蔵や酒店が器を選び、そして来場者が投票する形式の酒器のコンペ「たまき杯」を発案されたのはいつ頃ですか?
陽子:うちの2階にギャラリー「kakurega」ができたときに、多治見で工房を構える「3rd ceramics」の長屋有くんが「僕、いいこと思いついたんです」と。
秀典:「酒屋の親父が好き勝手に決めるコンペってどうですか」ってね。2021年9月に始動して、まず招集されたのが俺とたかやん(陶芸家・加藤貴也)と、新町ビルの水野くん。
――今回、56名の陶芸作家が参加しています。声掛けが大変だったのでは?
秀典:ほとんど僕から声を掛けました。目標は50人で、SNSでつながっている人や買い物に来てくれた人にも声をかけたり。集めるのは苦労もしたけど、皆さんに快く了承してもらえましたね。ある作家さんは「玉木さんに頼まれたら断れない」と言ってくれた。それはすごくうれしかったかな。
―― 作り手の皆さんが玉木夫妻にご恩を感じているからでは。
秀典:逆にこちらが恩を感じています。でも、みんなの中に僕たちの立ち位置があったことがすごくうれしかったし、それを確認できましたね。
―― たまき杯は、長年お二人が考え続けてきた「作家のためになれば」「ながせ商店街のためになれば」という思いが結集していますよね。
陽子:そうですね。「同窓会じゃないけど、商展街を一緒にやっていた人たちに出てもらえたら」とお伝えもしました。みんな「売れたらいい」という考えよりも、多治見に貢献できるという気持ちがあると思います。コンペですがギスギスした雰囲気が全くないし、たまき杯で作家さん同士が交流して、つながっていけたらいいですよね。
――企画者の一人である水野さんはいかがですか?
水野雅文さん(以下、水野):とにかく玉木さん夫婦の人柄があっての企画です。それが皆さんに届く形がいいと考えていました。やっぱり玉木さんはこうやってながせ商店街に根を張っているから、第一に、商店街がもっと盛り上がるといいなという思いがある。そして、作家さんにも恩返しできるようなこと、一緒に楽しめることがしたい。あとは、日本酒を若い人にもっと知ってほしいという思いがありますね。
――いつも新町ビルで展示を企画されている水野さんの視点で、たまき杯の面白さはどこだと感じていますか。
水野:それはやっぱり「アンチコンペ」。陶芸のコンペは権威がある方が先に選んで、「これが〇〇賞です」と発表する。でも、酒好き・器好きと一緒に楽しみたい、という思いからお酒のプロや来場者の方が審査員で結果は最後に出る企画にしました。コンペと言いながらアンチコンペでもあるんです。そこで酒器に特化して、盃と片口をセットで評価をしてもらい、展示販売する形式にしました。これは新町ビルではなく玉木酒店だからこそ響く。
――コンペという名目ですが、実際のものとはだいぶ違う趣旨なんですね。
水野:既存のシステムやルールに対する反骨精神みたいなものもあるから、そういう感覚は新町ビルの延長でこの企画に投入しています。でも、玉木夫妻ありきというところが大前提。「たまき杯」というネーミングもサッカーをやっている玉木家だからこそワールドカップの「杯」を使ってみたり、いろいろな仕掛けが散りばめてあります。
総勢56名の陶芸作家が参加した「たまき杯」。会期は10月2日(日)まで!カラフルな絵付けの作品や動物やハイヒールなどユニークな形状の酒器などが並んでいます。ぜひ器や作家の多様性に触れてみてはいかがでしょう。最新情報はInstagram(@tamahide)をチェックしてください!
そして、後編では陶芸作家の河内啓さんも登場。作り手から見た「たまき杯」やこの地域のものづくりについてのお話を伺います。
後編「玉木酒店が作家やまちのために実現した「たまき杯」への思い -後編-」はこちら
玉木酒店
多治見市本町4-46
【電話番号】0572-44-8455
【営業時間】9:00~19:00
【定休日】水曜日
507-0033
岐阜県多治見市本町4-46
TEL 0572-44-8455
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