【連載】あの店のあの器 -真心- 前編
名店にはその店を象徴する人気メニューがあり、人気メニューにはその魅力を引き立てる器がある。その器は「多治見市民=やきもの市民」の店主の想い、陶磁器産地たる誇りの表れである。
連載「あの店のあの器」
このコラムは美濃焼の街・多治見市ならではの、お店と料理と器のストーリーを紹介します。
多治見の冬ってこんなに寒いんでしたっけ、特に今年は寒すぎませんか?
はい、毎度食べ物の話で恐縮ですが、寒い時、皆さんは何が食べたいですか?
僕はあったかい味噌ラーメンに癒されたい。
と言うことで、今回は笠原町にある「真心」(まごころと書いて「ましん」と読みます)、加納臣悟(しんご)さんのラーメン屋さんとそのお店の丼にまつわる物語です。
笠原町の栄の信号を、土岐市方面に向かって登って行く中腹の左手、ピンクの壁!ラーメンの赤提灯がなければ、何屋さんかわからない店構えですが、元は臣悟さんのおじいさんが石材屋さんを営んでいらっしゃった倉庫を、大工のお父様と一緒にリノベして作られたお店です。
ところで、十九田町にあった「旬彩真心」を覚えていますか?
丁寧な仕事がされた季節の美味しいものをいただける、日本酒が進む和食屋さんでした。小皿がいっぱいのランチも女性に人気で、きちんとした和食を気軽に楽しめる魅力的なお店でした。臣悟さんが30歳の時に創業したお店です。
その旬彩真心から心機一転、2022年に笠原へ移転して、和食は予約制会席という形で引き継ぎ、新たにラーメンを中心に生まれ変わったのが今回のお店です。以前のお店での器使いが素晴らしかったので、このラーメン屋さんでも面白い器の話が聞けるのでは、と今回の取材をそんな気持ちでお願いしました。
まずはちょっと聞きにくい、移転や、そこらへんのお話を聞くことにしました。
2020年の3月、4月あたりから夜営業していた地元のお店は、厳しい状況を余儀なくされました。コロナ渦で蔓延防止措置、解除がくりかえされ、お客さんが来ない。来てもお酒を飲まない。その状況は今もあまり変わっていないとも言えます。その頃からの真心のインスタ投稿も、お弁当や仕出し、オードブルの案内が増えていきます。
やっぱり夜の営業は厳しかったですか?
「キャンセルの嵐でお客さんが来ない、このままではダメだと思い、食べ歩きリサーチをして考えました。昼は人が動いている、夜から昼中心の業態へ、平日の昼にお金が使えるのは女性が多い……みたいなことがわかってきて、自分の料理のスタートが中華であること、イベント出店など能動的な動きができそうなこと、今ラーメンムーブメントだし、やっぱり好きだから、ラーメンでいこうと決めました」
真面目で、勉強熱心な方です。
その臣悟さんがつくるラーメンは、きれいに澄んだスープの清湯(チンタン)と泡クリーミーな白湯(パイタン)。まず、スープのベースをどちらか決めて、塩、醤油、味噌の3種の味を選べる、計6色のラーメン。一週間毎日通っても違う味が楽しめる仕組みです。って書くとわかったような気がしてきますが、本当はなんというか、もっと深いというか温かいというか。
オープンから一ヶ月経った頃のご自身のインスタ投稿が、真心のラーメンを的確に表現しています。
「全てを国産素材でこだわった、化学調味料を一切使わない、しっかり出汁の効いたらーめん。独特で贅沢なコクと風味、食べ終えても、えらくならない一杯。心と身体に美味しいらーめんを目標に」
って、もうすでにそういうラーメンだと僕は思います。
これが本題なんですが、器の話を聞かせてください。どこで丼を買っていますか?
「土岐市にあるMさんです。カタログでもネットでもすぐ買えるし、なんでも揃うので」
えー意外でした。この大手の問屋さんは、全国の個人飲食店対象の直販スタイルでいち早く成功し、美濃焼もさることながら、割り箸から机椅子まで業務用品がほぼ全てポチッと、で揃う会社です。
なにかご縁があるんですかね?
「いえ、特には。担当の方は紹介できますけど」
同級生がとか、昔のツレで、って話を期待していた僕はちょっと拍子抜けです。言葉を選ばずに言えば、全国誰でも同じお買い物ができるところだからです。
実物を見せてもらいました。
派手な加飾がなくてシンプルで、潔いいですよね。食べ終わったら現れるメッセージもいい。
作ってるところは知ってますか?
「はい、わかります、確か」
といっておもむろに裏印を見せてもらうと、S製陶の印。これは「すなは」の回でもふれた世界一の丼の産地、土岐市駄知町にある、大手製陶所。
なんかちょっと困った……。日本一の業務用通販会社と世界中のラーメン丼を手がける大工場。それがどちらも東濃に存在することは、とても誇らしいのだけれど、この臣悟さんの親しみやすく誠実な人柄と、そのラーメンと。器として美味しくいただくには、とても機能的で丈夫で申し分ない丼なんだけど、なんかこの連載の話としてバランスがあってるのだろうか。日本中どこでも聞ける話なんじゃないのか。
もう一回テーブルに戻って、少し話の目先を変えて。ふと、ここにお邪魔する前に聞いていたラジオのDJがゲストのミュージシャンにしていた質問を真似てみました。
今後の夢はなんですか?……いやー!なんて凡庸なセンスのない質問。
臣悟さんは一瞬困った顔をして、
「そーですね、そういうふうに考えたことないかなぁ」って一拍おいた後。
「僕としては…。今できることをカスタムしていく。ってことですかね」
あー。今日聞くべきことが全て聞けたような気がします。
中津川の湧水を友達が美味しいからって汲んで来てくれた。それじゃあってスープを引いてみた。2、3日かけて炊いたスープは驚くほど味が違った。丸みが出た、スープを作るのは楽しい。
もたらされたこと、気が付いたことをコツコツと誠実に取り組む。結果、少しづつ良くなる。
「だから今日もこの後、水を汲みに行ってきますよ」
聞くべきことは聞いたような満足感と、なんか全然書ける気がしない不安と、複雑な気持ちで帰るしかないかな、と立ち上がって、バックヤードの広場をふと覗くと、無造作に置かれたポリケースにキランと光る器が……。このタイルのような細かい格子柄、って!
これって作家さんの器ですね?
「そう、中川夕花里ちゃんのです。去年の「伝手展」でみんなに作ってもらった丼をもう一回借りて来ました。1月末に迎える一周年の記念イベントというか、限定メニューをこれでやってみようと思って」
それそれ!そういう話!僕の聞き方が悪かった。
「伝手展」とは、陶磁器を焼く窯を製作する司電気炉製作所が運営するシェア工房「司ラボ」に在籍する若手作家たちが年に一度、成果発表の場として、ながせ通り「玉木酒店」のギャラリーで作品を展示する企画です。地元の飲食店とコラボして器を製作し、その器を使っての食事会がある、斬新な展覧会です。
去年の6月に開催された伝手展 vol.6で7人の作家たちとコラボした飲食店が真心さんだったんです。いやー面白いですね。次から次にちょっと丼なの?って器が出てきます。
「司ラボと共催してきた伝手展のテーマを今年は麺、ラーメンにしたいので協力してほしい」
「若手の作家が器を作るからそれに盛り付けてみてほしい。ルールは臣悟さんが決めていい」
お店を再開して半年くらい経った頃に、玉木酒店からこんな風に声がかかりました。
しかし、臣悟さんは特に細かな指定はしませんでした。容量、形状、ラインや口径、サイズ感、料理を作る側のこだわる機能や理屈があって、こういうのが美味しく見える、あるいは味わえるという希望を言えるはずですが、あえて器の作り手に委ねた。いつもと違う器に盛ると刺激になる。やっぱり作家の器は思いとかが篭ってるから、盛りつけるとそういう新しい価値も提供できる、と思って二つ返事で引き受けたそうです。
そうして展覧会は、丼を中心に200点以上の作品が並びました。臣悟さんは、玉木酒店でのオープニングイベント「角打ち」におつまみを用意し、会期中、真心ではその作家たちの丼で実際に食べてもらうラーメン提供に挑戦。最終日は招待制・特別メニューの食事会のまで八面六臂の活躍でした。
玉木さん曰く、「真心くんは本当になんでもできる。引き出しがたくさんあって、懐が深い。気持ちよくやってくれる、計算ができる。だからうちは頼りっきりだよ」
作家が自由に作った器を、実際に通常営業のお店で使うのは、大変ではなかったですか?食洗機もかけれないし。
「楽しかったです。美濃焼は大事な地元の財産だし、仕事の中に新しいこと、好きなことが取り込めた感じがしました」
いい話をいっぱいありがとうございました。また食べに来ます。
さあ、丼を作った人に話を聞きに行こう。続きは、後編で。
後編はこちら
【今回の登場人物】
使っている人 真心
https://www.instagram.com/shingo_mashin/
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つなぐ人 玉木酒店
https://www.instagram.com/tamahide/
つなぐ人 司電気炉研究所 司ラボ
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作っている人 中川夕花里